霞山会館について

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「霞山会館」のみどころ

「昭和初期のノスタルジー/クラシックとモダンの融合」

旧霞山会館

霞が関三丁目南地区市街地再開発事業、いわゆる霞が関R7プロジェクトは、「都市再生」を主要コンセプトとしています。江戸開府以来、日本の政治・行政・経済・文化の発展の中枢機能を担ってきた当エリア。ここに刻まれた時代の記憶を未来へと継承しつつ、歴史ある建造物と新しい施設が調和し、さらに環境と共生する・・・・・。

霞山会館が生まれ変わってオープンするのは、この霞が関R7プロジェクトの霞が関コモンゲート西館トップフロアー37階。霞山会が新会館の設計を依頼したのは葛v米設計(デザイン協力:褐侮揀fザイン研究所)。元来、霞が関R7プロジェクトに課せられた、都市再生及び旧文部省ビルの一部保存という命題を受けて「クラシックとモダンの融合」するデザインを追求しており、霞山会館のデザインコンセプトもそれと乖離しない方針がとられました。
  会館の設計者は、まず霞が関の歴史調査の過程において国立国会図書館から※旧(初代)霞山会館の図面を探し出し、その図面を元に霞山会と協議し、その建物と当時の歴史的価値感を相互に再認識することから、デザイン計画を始めました。

一部が保存される旧文部省と同様、旧霞山会館は昭和初期に建てられた建物。ここから「昭和初期に建築された旧霞山会館のファサードをデザインモチーフに採用し、当時の面影が再現されたシンボル的空間を新たな会館の中心にする」というアイディアが生まれたのです。
  こうして、「旧霞山会館ファサードの再現と昭和初期のノスタルジーを体感できる施設づくり」が、新霞山会館の計画コンセプトとなりました。

昭和初期に建てられた建物は、現存しているものが稀有であるゆえ、日本の建築史的観点から貴重なものと認識されています。そのころの建築デザインは、非常に洗練された装飾性と質感、そして空間のぬくもりを備え、それを見た誰もが懐かしさや豊かさ、面白さを覚えます。決して現代建築では味わうことができないもの。残念なことに、そうしたものが、次第に時代と共に失われかけています。このような状況が危惧される中、我々が失いかけたものを再生し後世に残すという上で、「旧霞山会館ファサードの再現と昭和初期のノスタルジーを体感できる施設づくり」というコンセプトの実現は大変意義があると考えられます。都市計画家の第一人者でもある伊藤滋先生からも、賛同と有意義なアドバイスを頂きながら計画は進められました。

旧霞山会館ファサード再現と同時に、会館の各室意匠も昭和初期の建築史的観点に立脚したものとする一貫したポリシーにより、新会館はトータルデザインされています。
また旧霞山会館のファサードが再現される37階のトップアトリウム(ラウンジ)からは、皇居から国会議事堂に連続する「東京の森」を一望することができます。昭和初期のノスタルジーを体感するにふさわしい眺望を、同時に楽しめる結果となりました。

※旧(初代)霞山会館は、1928(昭和3)年12月、麹町区三年町(現霞が関三丁目)に竣工しました。
(設計:岡田信一郎・施工:清水組)。この会館は1945(昭和20)年12月、占領軍に接収されるまで、霞山会の前身である財団法人東亜同文会の本部および活動拠点となりました。1956(昭和31)年1月、会館の返還が実現。旧会館に代る霞山ビルは、1964(昭和39)年2月に竣工しました。東亜同文会から霞山会へと歴史は移りましたが、その活動拠点は変らずここ霞が関三丁目です。

デザイン、技術、そしてものづくり

「旧霞山会館ファサードの再現と昭和初期のノスタルジーを体感できる施設づくり」の実現にあたっては、国立国会図書館で見つかった設計図と、霞山会に保存されていた会館の外観および室内の写真を参考資料として計画が行われました。今回の計画は、旧霞山会館をそのままに復元することが目的ではなく、いかにしてこの超高層の中に創建当時の面影をしのばせ、新たな霞山会館として息づかせるかが目指すところでありました。
参考資料から、旧霞山会館の外装ファサードを新霞山会館アトリウム(ラウンジ)の内壁面に再構成するデザイン調整作業を行い、さらに室内の古い写真などから、いくつかのデザインモチーフを抽出し、扉や各種装飾金物、カーペットなどのデザインを進めてきました。
但し、旧霞山会館から単にデザインモチーフを抽出しただけでは、アイデア止まりとなってしまい、再生し残したいと考えた、古きよき時代のぬくもりは醸し出せません。そのため、設計者と霞山会が旧霞山会館と同時代の建築資料を集め、参考になる建築をいくつも見て回り、議論を重ねながら、一つ一つのデザインをより密度の高いものに仕上げていきました。
その結果、装飾性に富み、細部意匠の質感が高く、当時を偲ばせるにふさわしい、建築の真髄やこだわりを伝えられるデザインとなったのです。

新霞山会館ラウンジ

一方、高いビルのない時代につくられた装飾性に富む繊細なデザインを今回、具現化すべき場所は、超高層ビルトップの37階。そこでは、当時にはなかった問題を解決しながら設計していく必要がありました。防災の観点から内装の不燃化や避難安全検証に基づく施設機能の強化、超高層の地震に対してのひび割れ対策、地上から170M近く高い場所への資材搬送等。こうした問題には、設計者及び建設を担当する大成建設の技術者が、緻密な検討と協議を続け、デザインのこだわりを理解し合い、最善の技術を駆使することで解決していきました。超高層の制約に対応しながら、乾式による石材構成の霞山会館ファサードや、不燃材を使った木壁、※GRG(GlassFiberReinfoecedGypsum=ガラス繊維強化石膏)を採用した装飾天井など、現代の最新の素材や工法を用い、昔ながらの職人の手を十二分に使うことで、味わいを感じられる空間づくりを追求してきました。

※GRGとは、耐アルカリ性ガラス繊維で補強した石膏製品。曲げ、引張、せん断強度や耐衝撃に富む。ビルの内外装をはじめ、住宅、土木環境分野で多彩に活用されている。マトリックスの主成分である石膏は微粉末で、骨材を用いておらず、GRC(ガラス繊維セメント)よりさらに細かい意匠表現が可能といわれている。

建築というものづくりは、単に設計者と図面だけでは完成しません。建設者とそこに集められた、多くのスタッフと職人さんの力が必要とされます。今回幸いにも、その建設者のスタッフや職人に、設計者が作成した図面から霞山会館再現プログラムへ興味を持っていただき、惜しみのない協力を得ることができました。1フロアの内装にもかかわらず、千枚を越える施工図作成や、その度重なる図面修正作業と、それに費やした時間は多大のものになりました。
ファサードの石材は、国産の石に日本の職人さんが加工をしています。日本人ならではの器用さで、多様に彫りこみのあるデザインが見事に形成されました。こうした職人さんの後継者が少なくなることを惜しむと同時に、この度の霞山会館プロジェクトは非常に貴重な機会であったこと、後世に一つの技術を残せることに感慨深さを感じます。
石材に限らず、装飾天井や金物細工、ステンドグラス、左官職人などといった多くの業種の方々の貴重な能力が発揮され、設計者同様に情熱を持ってものづくりをしていただきました。こうした情熱が一つになって霞山会館が作られることに大きな喜びを感じます。

プロジェクト開始から延べ4年を費やして完成させる新しい霞山会館。霞山会の思い、設計者の思い、多くの職人や建設スタッフの思いが、ここに結集し、一つのものづくりを完成させます。ようやく実現する「昭和初期のノスタルジー/クラシックとモダンの融合」の心をぜひ直接現場でご体感ください。

本文は以下両名へのインタビューをもとに霞山会が編集しました。
株式会社久米設計 設計本部都市デザイン部主管 関朋一 氏
株式会社剣持デザイン研究所 小久保大介 氏